伴侶ガチャがある世界で

初出
2020/06/21 9:58 twitter

伴侶をガチャで召喚する世界。魔力(ジュエル)に応じてガチャが引ける回数が変わってくる。魔力が強いからって、気に入る相手(アタリ)が出てくるまでガチャを引き続ける愚王がいたり(ハズレとされたひとたちは後宮に押し込められた)、「一回だけ」と決めてオオアタリを引き当てる賢王がいたり。

伴侶ガチャがあっても庶民は普通に恋愛や政略結婚するんだけど、伝統を重んじる貴族は伴侶ガチャから逃れられない。幼い頃はガチャに夢を見たり、非人道的だと正義感を振り翳したりとメンタルも忙しい。という世界観はどーでしょーか。

見目よくなく仕事が出来るというわけでもない主人公Aは、ある日孤独に耐え切れず「い、いっかいだけ。出なかったら諦める……」と伴侶ガチャに手を出してしまう。平民でも、まぁ出来ないこともないからだ。あまり多くない魔力(ジュエル)を使い果たし床に蹲るAの元に現れたのは見目良い青年だった。

(このひとはアタリ? でもぼく男だからハズレかぁ……なんか)「……ごめん」と呟き気を失うA。目が覚めたらベッドに寝かされていた。なぜか青年にガッツリと抱き込まれて。悔いても後の祭り、彼が自立出来るようになるまでぼくが面倒を見なきゃ! いや、ふたりなら生活も楽になる? と思ったけど

この青年はぐーたらするばかり。Aの負担は以前よりも増えた。生活費も今までより必要だしよく食べるしこいつ家事もしない……やっぱりハズレだなって心の中で思う。そんな考えを持つぼくは悪い男だとAは自責の念ばかり。道を歩けば女も男も釣れる青年はトラブルメーカーでもあった。気が休まらない。

でもある日。青年が勇者だと知る。勇者を引けるのは王族だけのはずなのにどうして?? 実はAは愚王が引いたハズレガチャのひとりだった。男で、しかも幼子だったために後宮にも入れられず捨てられた、ハズレの中のハズレ。拾ってくれたパン屋の両親と幸せにぽやぽやしていたので誰も気づかなかった。

王族が引いたガチャは王族の加護がついて準王族扱いだなんて、誰も知らなかった。ハズレがガチャを引けることも。そして勇者は魔王を倒しに旅に出た。凄く行きたがらなかった。行き渋りまくった。「お前の焼くパンが食べられないじゃないか」と言われ満更じゃないAだった。うれしい。美味しいもんね!

Aにはわかってなかった。ぽやぽやそだったからな。そして何やら王様と話をつけ後ろ髪を引かれるように旅立っていった。「秒で帰るからな! もうガチャなんて絶対にひくなよ?! ガチャは悪い文化!!」と叫びながら神官と騎士に片腕ずつ取られ引き摺られて行った。Aの部屋は途端に静かになった。

(あれ? おかしいな。アイツそんなに喋らないし、こっちが何かいっても「あー」とか「うんうん」とか「はいはい」って空返事ばかりなのに)と呆然とするA。そして魔王は秒では倒せなかった。一年くらい掛かった。はやっ!! ボロボロになって笑う勇者にAは思わず抱きついてしまう。「良かった」。

ぎゅうぎゅうに抱き返され、髪に顔にちゅっちゅされる。「え? ええ??」「なんだよ、嫌なのかよ。俺はお前の伴侶だろ」って言われて思い出す。そうだ。そんな雰囲気まるでなくて忘れてたけど、こいつぼくの伴侶だったー! 賢王(愚王とは代替わり済)から高額報酬を受け取り家路へと向かうふたり。

「え? 帰っていいの? 式典とかは? なんかあるよね??」と戸惑うAに「そういうの全部ナシにしてもらった。めんどくさいし」とか言ってる勇者。「あと、お前に変な横槍入れてくるのも阻止した。褒めろ」って笑う。よしよしした。「パンの焼ける匂いっていいよな」と勇者が呟く。

彼の装備はボロボロだった。顔がいいから格好良く見えるけど、鎧はベコベコだしマントは破けてるし赤黒く血に染まっていた。「あー、風呂に入りてぇな」って言うから沸かしてやった。パン屋は清潔第一なので、贅沢な話だが個人宅なのに風呂があるのだ。乱暴に装備を剥いでいく勇者。身体も傷だらけだ。

グッと涙を堪える。ぼくが泣いていいわけがない。「さっさと行ってこいよ。勇者だろ? ぐーたらしてるだけじゃなくひとさまの役に立って来いよ」なんて思ってた。口に出したかもしれない。「ご飯の支度するね」って声を掛けキッチンに逃げ出した。ぽろぽろと涙がこぼれて床に染みを描いた。

いつまで経っても上がってこない勇者を心配して見に行くと、湯船で眠りこけてた。「ちょっと、こんなところで寝るなよ。危ないよ」肩をゆさぶろうと手を伸ばし、床に叩きつけられた。「――わりぃ、寝ぼけてた」その目はギラギラと凶暴に輝いていた。死戦を掻い潜った男の顔。ぼくは死にたくなる。

旨い美味いとAの料理を食べ尽くし、勇者は眠った。ぼくを抱き枕にして。ぐーすか寝る勇者。ぐるぐると悪い想像ばかりして眠れなくなるA。めそめそしていたら「なに泣いてるんだよ」って優しい声が背後から聞こえた。「――っ、ごめ」「お前、第一声もそれだったな」と勇者が笑う。

「泣いてる伴侶は慰めてやらねぇとな」と言って、服を掻い潜ってきた手がぼくの肌を撫でる。「ついでに俺の興奮も治めてくれないか」って、なんかカタイモノを脚の間に押し付けられた。ぼくは勇者に向き直って、彼の頭を抱きしめる。「いいよ」って言ったら「マジか」って短く返される。

「なんだよ、俺がいない間、寂しかったのか?」なんて揶揄ってくる。「うん」って答えるぼく。「さびしかったよ」「うわー、会えない時間が愛育てちゃったかー」と茶化す勇者の唇を奪ってみた。勇者はびっくりして、すぐに唇は奪い返された。深く貪るような口づけ。ぼくも必死で応える。

生涯一度きりの伴侶ガチャは「運命」が確定なのだと、後に賢王に教えてもらった。それは再三の呼び出しに渋々王宮へと向かったふたりに聞かされた、この世界の真理だった。ぼくと勇者――元勇者は、いまもパン屋の二階で暮らしている。おしまい。


余り物のハズレだったAは孤独だったんだよ……。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる存在がいなかった勇者はAにベタ惚れです。パンの焼ける匂いは幸せの匂いだなって思ってる。コイツも恵まれない人生を歩んで来ました。

この男、元の世界では殺し屋とかそういうのしてたひとで、称号は勇者なのに属性が暗殺者(アサシン)だったりする。なので協調性ゼロ。勇者パーティーなのに他のメンバーは仕事の半分以上を勇者探しに費やした。すぐ勝手にどこかに行ってしまう勇者に敬語は分で捨てた。

がチャされるほうのひとたちは、この世界に来る前に『伴侶ガチャの取扱説明書』を渡されレクチャーを受ける。嫌なら断れる(死)。賢王の伴侶は、賢王の父である愚王がハーレム作ってたのを知ってる。自分もハーレムという名の離宮でダラダラ生きるつもりで受けたのに、賢王の伴侶は自分だけだった。

そのため酷い疑心暗鬼に駆られていて「ジュエルが有り余っているくせにガチャらないなんて、お前のことが信じられない!」といつも怒っている。だから魔力が少ないのに頑張って一回きりの伴侶ガチャをしたAのことが好き(フレンドリー)。心を許している。賢王は困り顔。という裏話を考えました。

賢王にとってAは、父の側室になるはずだったひとなので、どこかママみを感じている。Aは不器用なのでリッチな菓子パンは焼けません。リーンなパン(バゲットとか)を日々堅実に焼くだけ。Aのパンのファンは多く、いつも早い時間に売り切れてしまうのを心苦しく思っている。

Aの育ての親は宝石みたいな綺麗で美味しい菓子パンが得意だったので、Aはいつも(自分はなんてだめなんだ)と思っている。

Aは伴侶ガチャのトリセツを聞いてもよくわからなかった。幼児だったので。だから神様も気にして見守ってくれている。神の加護持ち。養い親がいいひとなのも神の力が働いている。



螺旋の梯子

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