うしないしものの名を呼ぶとき
初出 2020/08/30 22:53 Twitter
近隣諸国や国内の有力貴族との力の均衡のため、第四王子の婚姻相手に困った王が、魔獣討伐で功績を上げ、頭角を現し始めた若手騎士に娶る気はないかと打診したら話がまとまってしまって。子爵位と領地付きで第四王子を騎士は伴侶とした。二人とも二十代前半。かろうじて騎士が一つ年上だった。
華やかな儀式はなく静かな降嫁となったが、第四王子の持参金は多く、また王族年金も継続されていた。第四王子にとっても、また騎士にも不自由のない婚姻と言えただろう。屋敷の切り盛りには騎士の実家から家令が派遣され、必要な人員を雇い入れるなど采配した。王はそこまで口出ししてこなかった。
生活の体裁は整っていた。だが、騎士は若手であり多忙であった。ろくな会話もなく捨て置かれる王子。屋敷で働く者たちも王子を扱いあぐね、遠巻きにする。王子は孤児院の訪問など、継続している福祉活動以外は社交も断り屋敷にこもる日々。庭や温室の散策と、図書室の本を選定することが楽しみだった。
王子は華美に装うことをせず贅沢もしなかった。外から招き入れるのは書物を専門に扱う商人のみで、それすらも自らの私財を投じ家計に響かぬよう配慮していた。高価な書物ばかりだ。一度、家令を通じ騎士に報告が上がった際にも「私が好きで集めているものですから」と、金を受け取ろうとはしなかった。
王族は庶民とは違うのだろうかと、それからは騎士や家令も口出しすることはなく、広い図書室の書棚は高価な書物で埋まっていった。相変わらず騎士は魔獣退治に駆り出され、家を空けることが多かった。帰っても家令と屋敷や領地の話し合いをして、伴侶との時間は持てない。男同士の気安さが仇となった。
姫ならばしたであろう配慮を、王子には欠けた。俗世を感じさせぬ容貌もまた、一向に距離が縮まらない一因だった。王子は美しかった。騎士も、屋敷のものも持て余したのだ。王子も遠巻きにされることには慣れていたため、自らの務めを果たすことだけを心掛けた。押し付けられた伴侶として何も望まない。
王子は、騎士の邪魔や迷惑とならぬよう、ひっそりと暮らすことだけを考えていた。領地の教会や孤児院、学び舎への訪問は、自分の代わりとなるひとを数人雇い、不自由ないよう采配させた。王子の、ひとを見る目は確かだった。その頃、外出を控えさせる出来事が起きていた。
後をつける者の、探るような気配。王族であった頃とは格段に手薄な警護体制に、王子は危機感を抱く。近く父か兄に相談しようと文の文面を考えていた。その温室で賊に襲われる。それはかつて、王宮で見かけていた近衛騎士のひとりだった。魔導具を用いて侵入し、結界を張り邪魔が入らぬように細工した。
近衛は王子を娶った騎士に嫉妬し、王子を穢すことで彼を貶めようとしたのだ。理屈に合わない愚行だが、近衛の目は欲に濁り血走っていた。ただ王子を犯す理由が欲しかっただけなのだろう。王子は腰に差した短剣を抜き抵抗を示したが、逆効果でしかなかった。美しい短剣は弾き飛ばされ両の肩を外される。
騎士とは形ばかりの伴侶だった。思えば寂しさばかりが募る婚姻だった。ただひとり愛していいはずの存在だったのに、互いを気遣うばかりで触れ合うことすらしなかった。それを王子は悔いた。おぞましい男に嬲られ犯されて、王子の胸には絶望しかなかった。伴侶を守れなかった騎士の、これは咎になる。
国の英雄の名誉が、私のために地に堕ちる。狡猾な近衛は、全てが終わった後に王子の肩を嵌め直した。証拠の隠滅には程遠いが、それは王子の心を幾重にも傷つけた。男である、我が身を守れずして何を言い訳にすればいいのか。石敷きの床に、無造作に短剣が転がっている。騎士が贈ってくれたものだった。
腫れ上がった両肩と、傷ついた下肢。脚もおかしくなっているようだった。そんな体で、なんとか這いずり短剣を手にする。迷いはなかった。王族としての名誉、そして伴侶の名誉を守りたかった。床を支えとし、美しく輝く刃を喉元に当て、王子は蹲るように体重を乗せた。
翌朝、冷たくなった王子が庭師に発見された。
騎士の治めていた領地の孤児院に、第四王子だった少年は生まれ変わっていた。騎士は爵位と領地を返上していたが、屋敷だけはそのままに持つことを許された。それは温情ではなく、屋敷が騎士以外の主を認めず拒んだからである。何重にも掛けられた守護魔法は王子の想いのようで、無碍には出来なかった。
本来ならば破られるはずのなかった結界を、無効とした者の存在は王宮でも問題になった。だからといって、騎士らが王子の不在に一晩気づかなかったなど、赦されるものではない。不名誉な死はまた、王子を国葬にすることも出来ず、ひっそりと葬られた。銘のない碑に、騎士は生涯の変わらぬ愛を誓った。
王子の記憶を取り戻した孤児は、前世の王子の福祉活動に感謝しつつ孤児院で暮らし、学び舎で読み書きを学んだ。前世の記憶と言っても曖昧で、学び直してようやく身につくものだ。そして知識欲に負けて、騎士の館に忍び込み、図書室で蔵書を読み漁る。幸い、日中にこの部屋に近づく者はいなかった。
だがある日、疲れきった孤児は、うとうとと本を読みながら寝入ってしまう。気づけば夕暮れ時で、慌てて立ち去ろうとして騎士に見つかってしまう。黒衣の騎士は四十手前のはずが、随分と草臥れ老けて見えた。自分を捕まえた恐ろしい騎士の形相に、だが孤児は手を伸ばし「寝ていないのですか?」と呟く。
それは、亡き伴侶がよくしていた仕草で、途中で手を引っ込めるのも同じだった。思わず王子の名を口にするが、孤児は彼と同じようにふんわりと笑った。ガチガチに魔法で守られている図書室に入れ、本を読める時点で孤児の存在はおかしかった。
騎士は孤児を孤児院には返さず手元に置くようになる。そうして、それなりに時間をかけ情を交わし、ふたりは真実結ばれるのだった。
王族の柵に縛られない、王子だった孤児は、魔術を極めて騎士の魔獣退治に同行したり、それで兄に素性がバレたりします。王と兄王子もそれなりに納得して、ふたりの行く末を今度こそ見守るのでした。彼らにも罪悪感はあったのだという話だな。騎士も自重しないので、目に見えて溺愛されますな。
騎士が一つ年上設定だったけど、少し下でもいいね。騎士も辞めてて冒険者になってるか。最期には、災厄の魔獣討伐に参加したふたりが仲良く庇い合って死ぬ感じで。魔獣もちゃんと討伐するよ! それまでは仲良く暮らすんだ。
ひとの寿命が、せいぜい五、六十年くらいで。呆気なく死んでしまう世界のお話。命が軽いんじゃなく過酷。
近衛は事後まんまと逃げおおせて、騎士の動向を定期的に探っています。騎士への恨みを拗らせ執着へと変化している。二人が再び巡り会い、幸せを掴もうとしたときに邪魔をしようと現れる。自分だけ幸せになろうとしている騎士を憎悪し、陥れようとしますが孤児が気づいて捕縛。内々に処刑されます。
孤児は、王子だった頃の気高さを垣間見せることはあっても、本能に忠実な感じ。欲しいものは欲しいと言える。容姿は似ていず十人並み。なのに仕草は同じだったりして、目が離せない。そんな彼がよく笑うので、騎士は目を細めて見つめている。自由な孤児を愛おしげに。そして腕の中に捕まえる。
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