これが俺らの普通の恋愛
初出 2020/09/06 Twitter
別のクラスの男子に呼び出され、突然の告白。「なにそれ、キッショ!」って暴言吐いて逃げて。クラスの仲の良い男子に面白可笑しく言って、「なんだあいつ■モかよー」「■モにモテても嬉しくないよなー」ってギャハってオシマイになると思ったら。別の日の放課後に、友達だと思っていた奴に襲われる。
「んだよ、ふざけんなよー」とか言ってたのに、抑え込まれて逃げられない。目がマジだ。恐怖で竦む身体。もうどうにもならない、って思ったら、あの男が現れて助け出される。なのに、襲われたショックで酷いことを言ってしまう。でも俺は悪くない! あいつらが悪い!! ■モなんてみんな一緒だ!
週末を挟んで三日休んで、ぐるぐる考えてた。キモい! 最低! そんな目で俺を見ていたのかよ! 襲うとか信じらんない! ケダモノじゃん! ほんと■モ最低!! でも。あいつは俺に指一本触れなかった。騙すような真似もしなかった。真正面から告白してきた。あいつは……あいつは違う。
日曜日に、「いつまで部屋に篭ってるんだ!」と親に家を追い出された。なんだよ、優しくない! 俺はこんなに傷ついてるのに!! 俺は……あいつを傷つけたのに。どうやって、どうしたらいいんだろう。謝ればいい? 「ごめん」って? そんなかんたんな言葉で許されるとでも?! 悩みながら歩く。
駅前のファストフード店を眺め、気になってた新メニューを試そうかって考えて。仲良かった奴の顔が浮かぶ。「一緒に食いに行こうぜ!」とか言ってた。もう行きたくない。食べたくない。ふらふらと、レトロな感じの喫茶店に入る。ランチやってるかな。やってるといいな。その店は地下にあった。
階段を下る。それだけで気持ちがスッと落ち着くのが不思議だった。カランカランとドアベルが鳴り、「いらっしゃいませ」と声がかけられる。ファストフード店のような甲高い声じゃなくて、落ち着いた、大人の男のひとがカウンターの向こうから微笑みかける。オレはついつられて、へらりと笑った。
カウンターに、大学生くらいの男のひとが座っていた。シュッとして格好いい背中に見惚れていたら「えっと、はじめまして……かな?」って、カウンターのひとが出て来た。「あ、だめでした?」初見さんお断りのお店だったかなって焦っていたら「ん? そんなことないよ。大歓迎」と言われホッとする。
カウンター席に並ぶ勇気はなかったから、ボックス席を選んだ。「高校生?」「はい。二年です」なんて、きれいで温和そうで、警戒心を抱かせないマスターにポロッと洩らしてしまった。「じゃあ、ケイシと同級だね」ってマスターの言葉に、カウンター席の彼が振り返った。ちょっと待ってくれ。そんな。
「……え? 江戸川?!」運命のイタズラか、そいつは俺に告白した男だった。私服だとイメージが全然違う。読モやってる学校の先輩より格好いいんじゃないか?「……あ」。謝らなきゃ。あと、お礼も。言わなきゃいけないのに喉がキュッてなって、声が出ない。情けなく俯くしかない俺。
そんな俺に、「アキラさん、ちょっといい?」って江戸川が着座を促した。マスターの名前はアキラさんっていうらしい。仲が良さそうだ。「りょうかい」とか言うマスターと江戸川は、分かり合ってる感じがして、なんだか胸にモヤモヤと何か詰まったみたいに感じられた。どうしよ。メシ食いに来たのに。
江戸川は、カウンター席はそのままに手ぶらだった。長居するつもりはないということだろう。ぼうっとカウンターのほうに視線を向けていたら、「金曜日」って江戸川が言った。「休んでたよな? 大丈夫か」って。俺の身体は勝手にビクッて震えた。やだな。「……いじょう、ぶ」ハッキリ言えよ、俺。
「そか、月曜日は行ける?」って江戸川の言葉に、俺は、なんて優しい奴なんだと思った。なんか、大人っぽい? それに比べて俺は……。「いけ、る。アイツも、なんか……ふざけたとか、魔がしたとか、そんなんじゃないかなって」良い奴って見られたくて、思ってもいなかった言葉が口から出ていた。
なのに江戸川は、「――あんな最低な奴と同一視されてる? 最悪」って、冷たい声で言って席を立った。失敗した。間違えた。俺はまた、江戸川を傷つけた。俺は咄嗟に、江戸川のジャケットの裾を掴んでいた。格好いいジャケット。きっと高い、ブランド物とか。「ちが、まって。ちがう」離さなきゃなのに。
掌が開けない。離そうとすればするほどキツく握りこんでる。なんでだよ!「ごめ、ちが……」とうとう涙腺が決壊した。家でも泣かなかったのに。なんでだよ! ボロボロと涙をこぼす俺に、上からため息が降ってきた。「ねぇ、これオレが悪者みたいじゃない?」って。涙が止まらない。くそ、なんでだよ!
「ケイシ、いじめてやるなよ」ってマスター。江戸川は、ため息をもうひとつ。カップを二つトレーに載せたマスターが、「ブレンドでいい? ケイシも。淹れ直したから」って珈琲をテーブルに置いてカウンターに戻って行く。江戸川は、三つ目のため息と共に俺の隣に腰を下ろした。
ポケットからハンカチを取り出して、渡す前に気づいたのか、テーブルの上の紙ナプキンに替えてくれる。きっと、俺が嫌がると思ったからだ。俺は離せないし、話せない。暫く膠着状態が続いたが、江戸川がポツポツと話し始めた。曰く、高校生にもなってガキみたいに無邪気に笑ってる俺が気になった、と。
江戸川は幼稚園の頃からの生粋のゲイで、初恋の男の子に俺が似てるって話だった。俺は幼稚園児レベルなのか、って情けない気持ちと、そいつの身代わりなのかって悲しい気持ちになり、またべそべそと泣いてしまう。そんな俺の頭を江戸川がよしよししてくれて、
なんだか段々気持ちよくなってきた。
それがナントカ効果っていうのは後になって知った(カタルシス)。普段泣かない奴が号泣するとストレスが大幅に解消されるのだとか。「吊橋効果もあったんじゃない?」とはアキラさん談だ。
「どうせガキっぽいよ」って言ったら「俺が大人にしてやろうか?」って囁いた江戸川は、とてもえっちだった。
俺は、落ち着いてからちゃんと謝って江戸川と友達になった。俺を襲った男(神田)と、江戸川は話しをつけてくれて? 神田が俺に近づくことはなくなった。三年になって神田とはクラスも分かれたけど、それは後の話で。俺はすっかり江戸川に懐いてしまって、可愛くなったと友達に冷やかされる。
ジェンダーについて勉強しようとしていたら、江戸川に「普通にしてたらいいよ」って言われた。それもそうかなって思う。神田は最低な奴だったけど、江戸川はとってもイケメンだ。外見だけじゃなくて、なにもかもが。俺が惚れるのも仕方ないと思う。
江戸川の初恋の相手が俺だったとか、三年で同じクラスになったんだけど、修学旅行でめっちゃガードされてたとか(特に風呂)。アキラさんの喫茶店の常連になってバイトさせてもらったりとか。高校生活の後半は、なんだか充実してたなって。
大学は、同じところには行けなかったけど。江戸川とルームシェアして一緒に暮らした。それは今でも続いている。俺がガキで迷惑かけることは多いけど、江戸川に教わりながら、少しずつ大人になっていくんだと思う。同い年だけどなー。あ。江戸川も俺が初めてだった! 嬉しくて泣いた。
おしまい。
受けの名前は小名木(おなぎ)。小名木藤耶(おなぎとうや)。たぶん普通の子。普通で、ガキで無神経。でも反省と謝罪は出来る。純粋。ひとによっては普通に嫌われるタイプの男子。
江戸川圭史(えどがわけいし)は、とても気を遣って生きている。だけど他人とは距離を取っていて、それを察せられる。
冷たいと感じられ、同級生からも距離を取られるタイプ。学校では地味ったくしてる。
なので、ふたりがつるむようになって、江戸川の意外な世話焼きっぷりと小名木の無神経発言が減ることで、「おや?」と思われている。告白話は小名木→江戸川と誤解しているものもいる。告白ゲームだろ? って感じ。
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