2 潤《うる》
なんてきれいなんだろう。
ひとめで好きになった。
きれいでかわいい顔。やさしい声の、ぼくの、にいさま。
同じ日に生まれた兄弟を『双子』って呼ぶんだって。だから灰《かい》にいさまとぼくは双子なんだって思ったのに。
「はじめまして。灰にいさま。あの、ぼくと灰にいさまは双子なんでしょう?」
誰もハッキリとは言ってくれなかった。かあさまは話題にするのも嫌みたい。とうさまにも有耶無耶にはぐらかされた。ぼくと同じ日に、ぼくより少しだけ早く生まれた、灰という名のきれいな男の子。
それって双子だよね? 潤《うる》の双子のにいさま!
だから灰にいさまに訊いたのに。
顔合わせの席がシンと静まり返って、ぼくはかあさまに頬を叩かれた。
生まれて初めて叩かれて、ぼくはびっくりして、怖くて、痛くて、悲しくて。泣いた。
それが小五の頃かな?
灰《かい》にいさまの『親』が亡くなられて、うちに引き取られた。
とうさまと血が繋がってるから、だって。
とうさまが一緒のぼくの兄弟だけど、産んだひとが違うんだって。だからそれは『ヒドイコト』だってみんな言う。
なにそれ。
ずっとひとりばっちだと思っていたのに、潤《うる》に兄弟がいたんだよ?
それも、ぼくと同い年の、しかも同じ誕生日だなんて。
それってなんだか運命っぽくない?
ぼくにはとても特別なことだと思うのに、みんなが否定する。
五年と六年は家で一緒に暮らした。
でも、にいさまと関わるとかあさまに叩かれた。
にいさまと話すと、叩かれる。
一緒に遊びたかったのに。一緒に登校したかったのに、小学校は別のところだった。
ぼくは叩かれても平気。にいさまがいるから。
でも、にいさまは悲しい顔で、ぼくを避けるようになった。
中学からは学園の寮に入ってしまわれて、ぼくは家でにいさまと一緒じゃなくなってしまった。
ぼくも寮に入りたいとかあさまに言ったら叩かれた。
とうさまに言ったら、我慢しなさいって言われた。そのほうがうちは上手くいくって。
なにそれ。
とうさまの言葉が理解できなかった。
にいさまのいない家なんて、どうやったら我慢できるの⁉
でも、にいさまにはこんな家なんて必要ないって気づいたよね。だって、だれも優しくしてくれない。冷たい家だもん。
ぼくも、ぼくもにいさまにはいらない弟かな? っていう考えには蓋をした。
そんなことないもん。
そんなことない、よね?
入学式の後で、ぼくはにいさまを探した。
寮に向かう人波の中に灰にいさまがいた。
濃淡のある灰色の髪は、にいさまだけのもの。凄くカッコいい。
ぼくのぼんやりした淡い色の髪とは違う。淡いのと濃いのが、カッコよく混ざってて素敵なの。
「にいさま!」
ぼくは嬉しくて抱きついてしまった。
だって、ここにはかあさまがいない。かあさまの目がないから、灰にいさまをにいさまって呼べるよね!
そう思ったのに。
にいさまは優しく、でも強い力でぼくを引き離した。
「……、じゃダメ」
「え?」
なんて言ったの?
にいさまがぼくを見て、ぼくに話しかけてくれる。嬉しい。
嬉しい嬉しい!
「ぼくを、にいさまなんて、呼んではダメ、です」
その一言が、ぼくを地獄に叩き落とした。
にいさまがいるから我慢できたのに。かあさまに叩かれても叱られても耐えて来たのに。
なにそれ。
灰にいさまも、ぼくを否定するんだ?
双子じゃなくても我慢したのに。双子じゃなくても、同じ日に生まれた兄弟っていうのは、揺るがないから。特別っぽいからいいかな、って、涙で悲しい気持ちを全部流して、自分を慰めたのに。
なにそれ。
中二の時に、ぼくがΩだと分かったら、かあさまはぼくを捨てた。
何度言っても理解しないバカだから、きっとそうだと思ったわ、って。
ぼくも入寮したけど、今はもう嬉しくない。にいさ――灰が、灰に嫌われてるのに。嬉しいことなんてひとつもない。
悲しくて。悲しくて。
「どこか、ぼくの視界に入らないとこへ行ってよ」って。
同じクラスになれたのに、つい、八つ当たりみたいに発してしまった言葉に、本当に――灰は何も言わずに従った。
どんなに頑張っても仲良くしてくれなかったのに、そんな理不尽な言葉は聞くんだ。
灰。
カイ。
どうして?
どうしたら、にいさまの心に近づけるのかな。
こっちを見てくれるのかな?
初出
2020/2/18 14:05 on Twitter
0コメント