種を蒔く
初出
2020/07/07 12:47 Twitter
剣と魔法の世界。魔力の多さが尊ばれる国で、魔力は潤沢だけど向上心皆無な主人公(攻め)が無限収納袋をアレンジして馬車でゴミ回収業をしてる。でも、ゴミ回収なんて最底辺がやる仕事で、服を汚したくないから適当な作業着で回ってたら蔑まれることばかり。
いい加減嫌になって辞めようかなって思うんんだけど、ある貧しい領主の館では「いつもありがとう、これ良かったら飲んでください」って、竹筒を加工した水筒に冷たい飲み物を詰めて渡してくれる。気の利く下男もいるもんだ、もしかして俺に惚れてる? なんて思ってたら、実は領主そのひとで。
魔力の少ないそのひとは、道具を工夫して生活を豊かにする研究をしていた。はっきり言って儲けは少ない。何故なら、魔力が尊ばれるゆえに魔道具は技術が発展してない。領地も狭いし、領民には年貢も最低限しか納めさせない。それも国へ右から左に流れていく。ゆえに貧しい。
自分は荷馬車に偽装した無限収納箱にゴミを集め、ひとけのない野原で燃やしてる。それも魔力で。業火で。一瞬で片がつく楽な……とは言い切れないが、面倒を我慢すれば何も考えずに済むし、ゴミを燃やすのは気が晴れる。集めたゴミの処理を考えなくていいから悩むことなんてない。思考は停止してる。
でも、この領主は、服は草臥れてるし明日の食事にも困るくらい貧しいのに(領民が見かねて差し入れてくれる)、気になって話してみれば、瞳をキラキラと輝かせて夢を語る。魔力は尊い。でも魔力持ちは傲慢なものが多い。他者を助けるより中央で要職に就くことばかり考え、地方は廃れていく。
自分は中央権力なんて糞だと思ってるが、魔力持ちは傲慢だという言葉に胸が痛んだ。確かに、ゴミ回収業なんていつでも辞めていいと思ってる。魔力の乏しいものたちには必要な仕事なのにバカにされ嫌がらせも受ける。そもそも無限収納を使ってみたかっただけ。どうでもいいから惰性で続けているだけだ。
そんな俺を純粋に労わってくれる領主に、惹かれていたんだ。そして彼の研究や志に関心を持つようになり、気づけば惚れていた。恋なんてしたことがなくて、相手は地方領主とはいえ貴族で、巡回路で話せる機会を心待ちにする日々。そんな折、飢饉が起こる。
財に任せ、中央が地方の糧も奪うように買い占めていく。領主は蓄えていた次年度の年貢(換金前の穀物)を「隠して少しずつ食べなさい」と領民たちに配ってしまう。すっかり空になった倉庫を前に、「どうしようね」と笑い佇む領主。「お前はバカか!」と、男を怒鳴りつけるゴミ回収屋(攻め)。
売れば大金になるけど、そうしたら領民たちは飢えて死んでしまう。だからって抱え込んでいたら魔力を行使され奪われるだろう。「それだって、バレたら領民たちの家が襲われるだろ」と言われ、初めて領主の瞳が揺れた。「ど、どうしよう……」そんなつもりじゃなかったと泣く領主を男は抱き締める。
そして自分が抱えていた秘密を語って聞かせた。その日のうちに、領民たちを集めボロ袋を持ってこさせて、ひとつずつ無限収納の魔法を施していく。それに大切なものを入れて隠せと。それぞれが持ち寄ったボロ袋はひとつずつ色も形も違って、その家にあって違和感を抱かせないものだった。
中央の役人がやって来た。貴族の手配した者たちも次々と領地を訪れては空手で帰って行く。徒労だったと、彼らは二度とは来ない。そんな波が収まった頃、ゴミ回収業の男は領地の畑に、隠し持っていた穀物や野菜の種を蒔いた。肥料はゴミだ。領主と親しく話すようになってから、考えて動いていた。
領主が、領民らが飢えないようにするにはどうしたらいいかずっと考えていた。こんなザル運営では、遠からず破綻することは目に見えていたからだ。稼いだ金で少しずつ買い集めた種と、業火で燃やし尽くすのをやめ、灰などを溜めおいた肥料。魔法で水を撒き、隠蔽の結界を張る。
魔の森へ入り食える魔物を狩り、そうして飢饉は乗り越えた。余った糧は近隣へ安く流し、領地を守らせた。男にも限界はある。男はいつしか共同経営者のような立ち位置に収まっていた。領民たちは男のことを「旦那様」と呼ぶ。領主様の旦那様、という意味だ。
ふたりはそれぞれに得意なことを組み合わせ、便利な魔道具を創り出し、世に広めていった。それが、魔王になり損なった男の幸福なおはなし。
ゴミに糞尿は含まれますか。
あとやっぱり領主が年上かなー。草臥れた、けれど品のいい男。
ワンコ攻めではない。ちょっとスレてる、悪い男。身なりと生業のために美形だとバレてない感じ。でも領主は気づいてたし、少し怖いかなって思ってた。
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